はちのわ越冬ヒストリー(1)

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立春を迎えました。
暦のうえで新年の始まりです。
寒さはまだまだ厳しいですが、日が長くなったのを実感します。
女王蜂はこの寒い立春の頃から産卵を再開し、ミツバチたちは春本番に向けて準備を始めます。
はちのわのみんなも、そろそろ活動開始かな…と想像しているところです。

ミツバチの産卵が止まっている期間中に、ミツバチヘギイタダニにとどめを刺すために、一度巣箱を開けて処置(シュウ酸滴下)をします。
毎年年末に行うつもりでいるのですが、昨年末はやりそこねてしまったので、1月中に気温が上がる日を待っていました。
1月の半ばに暖かい日が訪れたので、「チャンス!」と勇んで巣箱を開けることにしました。

それまでの間は気温が低く、ミツバチが外に出てくる姿が見られませんでした。
大丈夫だろうとは思いながらも、シーンと静まり返った巣箱を見ていると「中で全滅しているのではないか…」と不安が頭をよぎってしまうのです。
これは今でも、毎年そうです。

ドキドキしながら巣箱を開けると、そこには元気そうなミツバチたちがいて、ホッとしました。
気温が上がったのでさかんに外にも出てきていて、ガマンしていたウンチを一斉にするので、雪も、作業服もウンチだらけになりました…

ミツバチの減り具合が若干心配な群もありましたが、とりあえず全群の無事を確認し、処置も終わってホッとしました。

ただ、暖かい時間に外に出てきて、雪の上に降りてしまったり、石の上などに降りてそのあと急に気温が下がって動けなくなったりしてしまうことがあるので、それはそれでヒヤヒヤです。
仮死状態になったミツバチたちをあたためると元気をとりもどすので、外でかたまってしまっているミツバチたちを回収して回復させ巣箱に戻したりしているのですが、全てのミツバチを回収しているわけにもいかず悩ましいです。

よく晴れて日光が巣箱に強く当たる日には、黒い越冬カバーによって巣箱内が暖まりすぎたりすることもあるのだろうか?ということもちょっと懸念はしているのですが、もし大きなミツバチの損失になるようなことがあればまた改善しようと思っています。

この地でミツバチの越冬をするのは、2015年に始まって早いもので今回で11回目となります。
最初は不安で、いろいろ余計なこともし、失敗して、考えて、トライして…を繰り返し、そして今は胸を張って「大丈夫、できる!」と言えるようになりました。

そもそも大前提の大きな不安要素だったのが、蜂場のある標高1,150mのこの寒冷な場所。
最低気温がマイナス15度にもなる場所です。
2014年の夏に初めて土地を見たとき、なぜか「ここだ!」と思い、よく考えもせず即決してしまったのですが、いざ越冬となった時、なんでこんな寒いところに決めてしまったんだろう……と後悔しかけました。
(そもそも自分自身寒いのが苦手なはずなのですが…)
ミツバチが寒さに耐えられないのではないか、ということが、とにもかくにも心配でした。

でも経験を重ねるなかで、ミツバチさえ健康で元気なら、寒さは大きな障壁ではないということが分かりましたし、寒さで産卵が停止することでダニの繁殖サイクルがとぎれるというメリットもあるという点で、今では、この場所でかえってよかったんだ!と思っています。

今までの越冬について、振り返ってみようと思いました。
もう記憶があいまいな部分もあるのですが、過去記事を振り返りながら回想してみます。

第一次越冬(2015-2016)

初めての越冬では、貯蜜はどのくらいあれば安心なのか、ミツバチの数はどのくらいいれば大丈夫なのか…
わからないことだらけでした。
そもそもミツバチはここの寒さに耐えられるのか…?
本を読んだり、ネットで調べたり、経験者の方に聞いたり、いろいろしても安心できず、なにひとつ確信がもてず、とにかく不安だらけでした。

そもそもはちのわのような寒冷地で養蜂をしている人が周りにはおらず。
「その寒さで越冬は無理なんじゃないか」と言われたりもして、心が折れそうでした。

北海道で越冬している方は、倉庫のようなところ、つまり屋内に巣箱を入れているということでしたが、自分はそのような設備を持ってはいないので真似することも叶わず。

冬の間は暖かい地域に蜂を移動させることも一般的になっていますが、それもあらかじめツテがあったり、転飼の手続きができていないとできないことです。
当時の私には到底無理なことでした。

当時お世話になっていた関東圏の養蜂家の師匠に、冬の間巣箱を置かせてもらえないか聞いてもみたのですが、やんわり断られてしまいました。
ド素人の蜂を置いて、病気でもうつされたら困るでしょうし、仕方のないことだと思います。
この寒い場所で、なんとかやるしかないという状況でした。

頭の中は、ミツバチが寒さで死んでしまうのではないか…という不安でいっぱいでした。

今はオリジナルの巣箱を使っていますが、もちろん当時の巣箱は一般的な10枚箱でした。

巣箱内は、セオリーとなっている、巣枠を抜いて蜂を混ませる、ということをしていました。
ミツバチのついた巣枠が4,5枚あれば越冬できるという話を聞いてそれをめどにしました。
空いたスペースには、仲間のアイデアを借りて給餌器にくん炭をつめてみたり(保温と吸湿を期待して)、分割板にスタイロをくっつけた(スタイロをミツバチがかじらないようにアルミホイルでカバー)保温板を作ったりしていました。
巣箱外周にはスタイロをまきつけていました。

また当時千葉で養蜂をされていた方から、結露対策として巣箱内に新聞紙を丸めて入れて、湿気たら取り替えるということを教えていただいたのですが、温暖な千葉だからできることで、寒冷地では時々巣箱を開けて取り替えるなんて無理なので実行しませんでした。

話はそれますが、「10枚箱」なのに実際には巣枠が9枚しか入らないのが、当時から疑問でした。
巣箱と巣枠を買った業者さんに電話して質問したことがあるのですが、「あまり気にしなくていいんですよ」というような返答で、「そんなことある…?」とますます不審でした。
のちに分かったのですが、当時は日本製の巣枠の幅はけっこう適当で、実際後から計測したら、基本的に太く、業者によってもバラつきがありました。

移動時に限らず、常に三角コマをつけることも当たり前になっていたので、巣枠間の幅も広めになっていました。
私は三角コマをつける必要性を感じなかった(それにつけるのが面倒)のでつけていなかったのですが、買った種蜂の巣枠にはほとんど三角コマがしっかり打ち付けられていたように思います。

ここ数年で、ビースペースの概念が浸透してきて(干場先生の影響が大きいかと)、巣枠の幅も本来のサイズに修正されているのではないでしょうか。

今使っているはちのわオリジナル巣箱も、幅の内寸を7枚箱のサイズに合わせて作成したのですが、巣枠もオリジナルで作り、古い巣枠がなくなり、巣枠が全て適正な幅に揃ったら、8枚入るようになりました…

2015.11.22
2015.11

ネット上の情報を参考にして越冬箱を作り、巣箱をその中にすっぽり入れました。

巣箱内の温度を見るために、巣箱ごとに温度計もつけていました。
上の写真の29.0度というのはミツバチの近くの温度をさしていると思います。
温度計の数字を見て一喜一憂していましたが、センサーが蜂球の近くになければ、温度はだいぶ低くなるので、正確な温度はなかなか分からないと思います。
現在は温度計はつけていません。

年があけると気温はさらに低くなり、心配で心配で、越冬箱の上からさらに外側を厚めの麻袋とブルーシートで覆いました。
今思えば、こうしたところで、特に効果はなかったと思います。

この頃はまだ完全移住をしていなかったので、ミツバチたちと離れている間は、心配で夢でうなされるくらいでした。
気温の数字を見ては「ミツバチが凍死しているのではないか…」とドンヨリしていました。
気象庁のデータによると、この冬の原村の一番低い気温は、-16.9度(2016年1月25日)でした。

ミツバチが生きているかどうか、あまりに心配すぎて耐えられず、寒い日にブルーシートで巣箱のまわりに囲いを作り、ストーブをつけながら巣箱を開けて中を見たりと無謀なこともし、心配が大爆発していました。

2016.1.23

餌切も心配で、キャンディボードを作って入れました。
しかし均一の品質に作るのが難しく、ミツバチの上に溶け落ちてしまったり、また、のちにミツバチのお腹にはよくないらしい(砂糖を加熱することにより生成されるHMF:ヒドロキシメチルフルフラールがミツバチの腸によくない)ということを知り、やめました。

キャンディボード

ふりかえれば、的外れな努力が多かったと思うのですが、当時は必死でしたので、よかれと思うことはなんでもやった感じです。

結果として5群のうち1群喪失したものの、4群は越冬でき、心からホッと胸をなでおろしたのでした。
でもこれは、ビギナーズラックだったのかもしれません。

第二次越冬(2016-2017)

2回目の越冬では、群数が増えたこともあって越冬箱を全群分作るのはとても大変なので、簡易版を考えました。
羊毛の断熱材と麻袋で作った布団状のものを巣箱にかぶせて、その上から厚いビニール生地のカバーをかぶせました。
布団状のカバーは手で縫いました。なかなかに大変でした。
ビニールの生地はテント用のものをネットで探し、カバー状に作ってハトメの換気穴をあけました。
なぜカバーの色を白にしたのか…今思うとアホだなと思うのですが、見た目のさわやかさを優先したのかもしれません。

2016.11.5

また、養蜂仲間の三浦半島小網代の森にある蜂場に、3群を置かせてもらいました。
とてもありがたかったです。暖かいというだけでほっとしました。
しかし暖かいだけあって、産卵がとまらずに12月でも若蜂がいるのにびっくりしました。

三浦半島に数群 2016.11.28

原村で越冬できたのは1群のみ。
このときは寒さに強いというカーニオランを導入していて期待していたたものの、その群も全滅。
小網代の森に置かせてもらった群は全て越冬はできたものの、ミツバチはかなり減少していました。

寒さ以前に、ダニによる弱体化、強い群に仕立てられなかったことなど、ミツバチの状態がよくなかったことが大きな要因だったと思います。
自分の力不足を痛感しました。

旧来の巣箱も、寒冷地の越冬には最適ではありませんでしたし、当時自分で考えた越冬カバーも、今思うと大事なポイントをおさえられておらず、がんばって作ったものの機能的には中途半端だったのだろうと回想しています。

巣箱内はけっこう結露していて、ミツバチにも影響していた記憶があります。
結露する原因を、当時は理解できていませんでした。

巣箱全体を厚く覆うことよりも、ポイントは巣箱内の暖かい空気をとどめるよう上部を重点的に断熱し、かつ湿気は逃しながら空気の流れがミツバチにあたらないような換気ができる機構にすること。
そういったことにまだ気づいていませんでした。

最初の年に作った越冬箱は、結果的にそれらがある程度できていたのだとも思います。

次回記事に続きます。